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アキバ王に聞く―オタクカルチャーと秋葉原の関係(前編)

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■ オタクへの目覚め

-そもそもオタクになるきっかけは何だったんですか?

Photo1寺尾「そうですね。昔からコミックは大好きだったんで、オタクになる素質はあったと思うんですけど、高校3年までは全然オタクじゃなかったんですよ。でも、高校2年の夏に、友達と一緒にオープンキャンパスついでに『ちょっと秋葉原寄ろう』って話になって、行ってみたら、だいぶ圧倒されまして…(笑)。その帰り際、たまたま、中学の頃仲良かった先輩に3年ぶりに出くわして、東京で大学生活をやっているということだったので『僕もたまに東京行くんで泊めてもらっていいですか?』って話をしたんです。後日、先輩の家に泊まりに行ったんですね。そしたら、部屋がものすごいオタクの部屋で(笑)。当時ブロッコリー全盛期だったから、部屋中ブロッコリーグッズだらけだし、オタクの家なので24時間アニメを見せられるしで『これは何だ!?』と思った反面、『意外とおもろいなぁ』ってことにも気付いちゃって(笑)」

-いわゆる「洗脳」ですね(笑)

寺尾「そうなんです(笑)。で、その布教活動をくらった後の高3の夏、受験期真っ只中に、ネットに出会い、受験勉強するのが嫌だからパソコンをいじったり、ネット上でファイルを共有できるアイドライブとか怪しい系のものに手を出し始めて、だんだんオタク色に染まっていったんです。そんなこんなで、案の定、大学は落ちまして(苦笑)。で、その後2年浪人生活をしたんですけど、それでも受からず、3年目に『これじゃダメだ』ということで当時、獣医になりたかったから大阪にある専門学校に入学したんですけど、入学して1カ月目にオンラインゲームにハマり、2カ月目から学校へ行かなくなり、半年後に学校を辞めて…」

-いい感じにドロップアウトしてますね(笑)。

寺尾「結構、引きこもっていた時期が長いんです(苦笑)。で、大阪にいた時、すごく暇で、それまでアニメを封じていたんですけど深夜にテレビをつけたら、『ヤミと帽子と本の旅人』というアニメがやっていて、それを見て『最近のアニメってここまでレベルが上がったんだ』と驚いたんです。昔って、やっぱり原作に比べて画が劣るなと思ってたんですね。それから『最近のテレビアニメはこんなにきれいに表現できるのか!』ってことで、深夜アニメを見始めたんです。その直後、僕の1番好きな作品『マリア様がみてる』に出会って、アニメがこんなにおもしろいんだったら他にも見てみようと、アニメをじゃんじゃん見だしたんです。その時期が転機ですね」

-なるほど。

寺尾「それで、専門学校を辞めて地元に戻って『アニメイト』でバイトしてた時期があり、そこでも教育されましたね(笑)」

-店員教育の一環としてですね(笑)。

寺尾「そうなんです。その後、再び東京に行くことを決めたんですけど『獣医はあきらめたから、何しよう』と考えたときに、『オタク=電通大』ってイメージが強かったので電通大に入学しました」

-実際入ってみて、電通大は寺尾さんが持っていたイメージと同じでしたか?

寺尾「そこなんですよ!僕は『オタク=電通大』だと思って入ったんですけど、入ってみたら隠れオタクばっかりなんですよ。僕はそこに失望したわけです(苦笑)」

-寺尾さんはオープンなオタクなんですね(笑)。じゃあ、大学のみなさんは一見、普通に見えるけど、話をしてみると「オタクじゃん!」ってケースが多いんですか?

寺尾「そうなんです。絶対にオタクであることを前面には出さないんですよ。男しかいないにも関わらず。これは腹立ちましたね(笑)」

■ 起業するためのサークル活動からアキバ王に

-あはは(笑)。で、大学に入ってサークルを立ち上げたということですが、どういった経緯で始められたんですか?

寺尾「えっとですね、僕、4年かかって大学に入ったんで、焦りがあった上に、何をしようか悩んだんですよ。そんな時、学校の講義で『マインドシェア』の今井社長のお話しを聞いたんです。それにすごい感銘を受けちゃって。で、『この人みたいになりたい』と思い、今井社長の出発点がサークルを作ったことだったので、僕もサークルを作ろうと。そこで、『何のサークルにしよう』と考えた結果、電通大生が、自分がオタクであることを胸張って言える場所を提供しようということで、『秋葉原研究会』っていうサークルを立ち上げることを決意したんです。ですけど、学校の承認を得るための総会までの準備期間がなかったため結局準備不足でボッコボコに言われて否決されてしまいまして…。で、学校公認のサークルとしは認めてもらえなかったんで、『秋葉原研究会』はとりあえずインターネット上で会員を集めておこうと活動を続けたところ、現在までにおかげさまで100人以上の方々に入会してもらっています」

-そういうきっかけだったんですね。

Photo1寺尾「そうなんです。その総会があった後、『電車男』に出演したんです。秋葉原を歩いてたらエキストラのビラをもらって。テレビに出るのに興味があったし、小説の電車男の影響を受けてる人間なんで『折角だから』と出てみたところ撮影現場が結構面白かったんです。で、その後、うち(秋葉原研究会)の副会長から『アキバ王選手権が開催されるらしい』という話を聞いて、『実績を作ってもう1回学校公認へ向けて再挑戦してやろう』という思いと、ノリと、勢いで応募したわけですよ。そしたら優勝してしまったというそんな流れがあります」

-テレビチャンピオンに出演するために勉強されたりしたんですか?

寺尾「ちょうど『秋葉原研究会』の関係でアキバに通ってて、街や文化についての知識が貯まってたベストなタイミングだったんで、特に勉強はしてないですね」

-ところで、テレビチャンピオンの放送を見たんですけど、寺尾さんは何属性なんですか?

寺尾「テレビチャンピオン上では『妹属性』になってるんですけど、僕的には、あれはちょっと冗談で言ってたところがあって(苦笑)。僕、妹が2人いるんで、妹属性って言ったら『シスコンかい』とツッコミやすくておもしろいかなと思って言ったんですけど、放送時には妹が2人いるということが一切表に出てこなくて、一方的に『妹キャラ萌え』になってしまったという…(苦笑)」

-そうなんですね(苦笑)。では、リアルだと何属性なんですか?

寺尾「僕が1番好きなのは猫耳ですね。猫耳、ブルマ、体操着、妹、メードの順かな。これ散々テレビで言ってるんですけど1回も取り上げられたことがないんです(笑)」

-あはは(笑)。猫耳のどこらへんに魅力を感じるんですか?

寺尾「自分で分析するに、『獣医になりたかった=動物好き=猫耳好き』だと思うんです。具体的には、猫耳が付いているキャラクターが好きだったり、メードさんが猫耳をつけてるイベントが好きだったり」

-深いですねえ(笑)。ところで、アキバ王になられて環境は変わりましたか?

寺尾「はい。やっぱり生活はガラリと変わりましたね。僕がアキバ王になったのと並んで、ドラマ『電車男』の放送、ヨドバシAkibaの開店、つくばエクスプレスの開通と人がアキバにたくさん来るようになったちょうどアキバブーム全盛期だったので、結構テレビ局からの出演依頼とかきましたよ。それと同時に『誰もアキバのことをわかる人間がいないから監修もしてほしい』っていうことで、色んな番組の企画会議とかに行って、『今はこれがおもしろいですよ』って話をしたり。そんな生活が1年くらい続きましたね」

■ アキバ王から会社を起業、そして「アキバOS」立ち上げ

-それでテレビ関係のお仕事に注力されるようになって、起業されたんですか?

寺尾「そうですね。『起業したい』という思いが高まったのと、『アキバ王』という肩書きができたというのが大きな理由で、当時起業セミナーとかに行ってみたんですよ。そこで色々な方と話をしているうちに、『早く起業した方がいい』っていうアドバイスを頂き、去年の10月にやっと踏ん切りをつけて起業しました」

-その後、お仕事の方はいかがですか?

寺尾「まずまずです。アキバ王の肩書きは3~4年先までは使えるだろうと思ってますので、とりあえずアキバビジネスで稼いで、何か新しいものを作りたいと思っています。僕、0から1のもの作るのはちょっと苦手なんですけど、1を10にするのって結構得意なんですよ。なので成功事例のあるメディアを真似しつつ、よりいいものを作って、ポンとアイデアが出たときに動ける体制とお金を作っておきたいなと」

-なるほど、具体的な次のステップはいかがですか?

寺尾「会社が今、『アキバOS』というメディア事業の1本だけなんで3本柱にしようと思ってます。1本がメディアで、もう1本が同人誌のモバイル用ダウンロードサイト。あと、3本目がテレビ番組の監修です。最近またちょっと依頼が増えてきてるんですよ」

-今後、お金を稼いで何かやりたいということですが、やっぱりしばらくはオタク系ビジネスをやっていくって感じですか?

Photo1寺尾「そうですね。そのつもりです。あと、目標として、本当のアキバ王になりたいなと思ってます。というのは、アキバ王の収録がコミケと重なったんで、『コミケに行かない人間が本当のアキバ王なのかと!?』、まわりに突っ込まれたり、テレビ局のプロデューサーは『本当のアキバ王はテレビに出てこない』と言っていたり…。僕もそう思うんです。そう思うんですけど、悔しい部分でもあるんで、あと10年くらいは知識的なものを始めとするあらゆる意味でのアキバ王を目指して仕事をしていきたいと思ってます」

-アキバってサブカルチャー全般が守備範囲だから大変ですよね。

寺尾「そうですね、大変ですね(笑)。でも、ジャパニメーションなどコンテンツ系において日本は世界でトップなんですよね。で、日本の中でも、アキバがトップなのでアキバでトップになるってことは世界一なれるってことを発見したんですよ。それっていいですよね」

-「アキバOS」を始めたきっかけっていうのは、やっぱりメディアをやって、そこで資金を得るって感じのビジネスモデルで?

寺尾「そうですね。メディアって設立当初は広告がいきなりつくわけないので、赤字になってつぶれる可能性が大きいんですね。そんな時、当時、ブロッコリーの会長だった木谷会長から支援してもらえるお話をいただけたので、『そのモデルから始めましょう』ということでメディアをスタートしました。僕自身の思いと木谷会長の思いと戦略が合わさったものが今の『アキバOS』です」。

-ちなみに名前の由来は何ですか?

Photo1寺尾「そうですね、ホワイトボードに色々候補を書き出した時に、『アキバOS』が1番目に付いたってことと、『アキバOS』っていう名前のOSをゆくゆくは作りたいっていう意味も込めてですね。あと、サイトにマスコットキャラクターは必須だと思っていたので『OSたん』なんかは便乗でいいなぁとも思いました。あとは、後付けなんですけど、『アキバOS』だと『アキバ王』という単語が入ってるし、複数形のSも入ってるから『アキバ王たち』という意味にもなるじゃんって」

-なるほど、面白いですね。アキバのメディアを、実際やられてみていかがですか?

寺尾「秋葉原っていい意味でおかしいじゃないですか。世界に誇れるだけの特化した街なので、メディアをやっていても楽しいですね」

-デジハリ大の杉山先生が世代的にオタクの応援団長だったら、寺尾さんは逆に先陣切って突っ走ってく感じですね。

寺尾「ただ僕も実はだんだん離れてるって感じてます。老害になってるなって。会社で若い社員を見ていると特にそう思います」

-いつかは支援する側に回る感じですか?

寺尾「オタクって結構、同人サークルをはじめオタク系で何かやりたいって人間が結構いるんですよね。そんな人たち向けのオタクファンドみたいのがあったらおもしろいかなって思うんですよね。でも今はまだ少ないと思うんです。今回、うちが新たな事業に出資をしてもらったんですけど、そういうのは結構まれなことなんじゃないかなと…」

-それはやっぱりコンテンツが重要だからそこに投資しようとしている人が増えているっていう理由なんですか?

寺尾「いや、今回は結構僕に出資してもらったような感じで。人としておもろいっていう(笑)。でも、やっぱり携帯にしても何にしても、いわゆる最先端の部分っていうのはコンテンツらしくて、結局アキバに行き着くみたいなんです。昨今のアキバブームが終わったあとにようやく市場が動き出してアキバに投資しだしたのかなとも思っています」

■ オタクの世代間の格差は激しい。でもアキバは世代を超えたオタクの街。

-なるほど。ところで、オタクの間にもブームってありますけど、どの辺りがリードしてるんですか?

Photo1寺尾「やっぱり若い世代だと思います。ここからちょっとオタク論入っちゃうんですけど、僕は第3世代のオタクなんですよ。第1世代が1960年代生まれでウルトラマンとか特撮の世代。第2世代は「ガンダム」だったり、インターネットがなかったんで自分で本を買って調べたり、ローカルでコミュニティーを作ってた世代。僕らが、1980年代生まれでの第3世代で、今度、1990年代生まれの第4世代が大学にあがって東京に来るんですよ。これで、またアキバの状況が変わるのかなと思ってます。最近『らき☆すた』とか流行ってますけど僕はなんであんなに人気があるのか若干わからないんですよ。時代が変わってきたんだと思いますね。なのでうちの会社では若い世代をどんどん入れて、たとえ知識が深くなくても若い世代に合ったネタを仕入れていかなくちゃいけないなと思ってるんです。例えばテレビでやってるアニメランキング100とかで上位に『ハイジ』とか出てきますけど、『誰が見とんねん!?』とかそういうツッコミ山ほどあるわけで(笑)」。

-なるほど、僕、完全に第2世代なんですよ。最近のガンダムブームなんかは第2世代が年齢的に企業の中でプロデューサーやディレクターとかになって実権を握ってるんでしょうね(笑)

寺尾「そう思います。でも、第1世代、第2世代は宮崎勤事件があってオタクに対してネガティブなイメージを抱きがちだから、オタクって言われると嫌がるんですよ。で、第3世代以降はオタクって言われても、宮崎勤事件とか覚えてないから全然ネガティブなイメージじゃないんですね。僕なんか逆にオタクって言われたら褒め言葉だって言ってるんです。そういうオタクがどんどん増えて、第4世代なんて(そういう事件とか)一切知らないじゃないですか。だからどんどん『普通にしてるんだけどオタク。知識はそんなに深くないよ』っていう普通のアニメ好きみたいのが相当増えてくると思うんですよね。そういった流れになってくるので、これからは、その流れにどんどん合わせていかなければなと思ってます」

-全然、視点が違うんですか?

寺尾「視点も違いますし好きなものも違いますね。メディアを保ってくには新しい血をどんどん入れていかなければならないんで、そういった意味でも会社にしてよかったなと思います。僕がひとりでやっていたら、僕が歳をとっていくにつれてユーザーとどんどん離れて行ってしまうんで」

-オタクも最先端はやっぱり若い人なんですね。

寺尾「『秋葉原研究会』も平均年齢は18~19歳なんですよ。高校生も多くて、受験期に受験から逃げてオタクになる人間がやっぱり多いんでしょうかね(笑)」

-秋葉原に修学旅行に来ている子たちが最先端ってことかあ。

寺尾「班で6人ぐらいで来て、その中の1人がものすごいオタクなんですよ。隠してるけど(笑)」。

-秋葉原行こうって提案した子ですよね。その子が将来大学生になって、東京に出て来たときに第4世代とか第5世代とか第6世代とか。

寺尾「ですね。秋葉原に突然はまったりするんですよね。それまで興味なかったのに。割と自分に劣等感とかコンプレックス抱えてる人間って(アキバに)すんなり入るんですよ。渋谷と秋葉原は全然状況がちがってて僕は渋谷を『アウェー』って呼んでるんですよ。何でかって渋谷って『僕・私を見て』って街なんですよ。秋葉原は逆に『僕・私を見ないで。害与えないからほっといて』って街なんです。それがすごく落ち着くんです。秋葉原の店舗もウマイ戦略を使っていてオタクの部屋ってポスターすごい貼ってあるじゃないですか。店舗の中も同じ状況になってるんですよ。部屋で買い物してるような安心感を与えるために」

-確かに。渋谷とかと店内の雰囲気とか全然違いますよね。

寺尾「ホームとアウェーです。その話を『電車男』の脚本家に行ったら面白いねって、そしたらほんとに劇団ひとりが言ってました。『渋谷アウェーですよ~』って」

-言ってましたね(笑)そっか、オタクも世代間でぜんぜん違うんですね。

寺尾「特に第2と第3は相当違いますね。第3世代は第2世代から見ると知識量少なくて『へっ』っと思ってますし、逆に第3世代は第2世代を目の上のたんこぶだと思ってる。何古い話してるのと。知識量すごいのはわかるけどもって。差があるんですよね、そこには深い溝が(笑)」

-でも少しずつかぶって引き継がれていく部分はありますよね。

寺尾「ありますよね」

-精神というか。逆に言うと秋葉原って年代を超えて新しい人をどんどん吸収していく街なんじゃ?

寺尾「秋葉原にある和菓子店『松屋』の西井社長は、秋葉原は代々オタクを受け入れてきた街だと。オタクの形が変わったから秋葉原の街が変わっただけだと。オタクを受け入れてることには何ら変わりないと話してました」

-デジハリの杉山校長も全く同じことを言ってました。本当にアキバはオタクを受け入れてる街ですね。

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