■TORICOの変遷-四畳半からの出発
-初めに、TORICO設立までの話をお聞かせください。
安藤「海外に向けてビジネスを展開したいという思いがあり大学卒業後、外資系の日本オラクルに入社しました。ですが、外資ではあるものの日本法人のため国内向けの営業がメーンで、なかなか海外につながるような仕事ができないということに入ってから気付きまして…(苦笑)。そのため、早期優遇退職制度を使って退職し、1年ほどアメリカで生活して帰国した後、三井物産に入社しました。そこで中国とのビジネスに関わっていくうちに、中国のスニーカー工場の方と知り合いになり、『オリジナルのスニーカーを中国で作って日本で販売したらおもしろいのではないか』と思い立ち、TORICOというブランドを立ち上げて高校からの友人と副業で靴を売り始めました。それがそこそこ売れたんですよ。その話をベンチャーキャピタルに持って行ったところ反応が良く『すぐにでも投資するので、起業した方が良い』という話になりまして、もともと友人と2人で何かやりたいという思いもあったので、三井物産を退職して2005年に弊社を設立しました」
-なるほど。
安藤「ところがいざ起業してみたところ、副業時に売れていたスニーカーが全く売れなくなり、暇をもてあます日々を過ごすことになってしまったんです。そのため、『これじゃまずい』と友人と2人で毎日さまざまなビジネス案を出していったところ、『コミックやDVD、ピザやコーラがセットで土曜日の朝に届くような、週末ひきこもりセットとかがあったら嬉しくないかな』という案が出たんです。その案をきっかけに、まずは『コミックを全巻セットで家庭へ届けるサービス』を始めようということになりまして、早速自分でサイトを作り1週間後にはそのお手製のサイトで漫画全巻セットの販売を始めたところ、スタート月で靴の売り上げだけでなく、前年度の売り上げを抜くほどの反響があったんです。物が売れない時期が長かったため、売れることの楽しさを感じましたね。靴は相変わらず売れてないんですが…(笑)。それでどんどんタイトルや広告を増やし始めたところ、さらに売り上げが増加。それまで、家賃3万5,000円のトイレもない四畳半のボロアパートの1室で、自分たちで販売する商品をかき集めて、部屋中に在庫の漫画を山盛りにし、それを自ら夜に出荷するような毎日だったんですが、おかげさまでアキバに事務所を借りたり、舞浜に倉庫を借りることもでき、やっと最近になって自分たちが汗水たらさなくても出荷できる体制が整ってきました」
-当初から新品本を取り扱っていたんですか?
安藤「いえ。完全に中古です。つてもなかったので、2人で地域を決めて本屋をバイクでまわって商品を集めて、夜に出荷するような流れでした(笑)」
-シリコンバレーの絵に描いたようなガレージから成功をつかんだ感じなんですね(笑)。
安藤「ガレージ以下の所で始まっていますけど(笑)」
-ちなみに、現在は新品本のみの取り扱いとのことですが、中古本から新品本に取り扱いを切り替えた時期はいつ頃ですか?
安藤「昨年の9月頃です。それまではずっと中古本のみを取り扱っていて、途中から新品本も扱い出し、売り上げ的には切り替える直前で中古6対新品4くらいでした。利益が中古本の方が大きかったため、切り離すのも非常に勇気が必要だったんですが、やはり新品本でやっていかないと出版社の応援も受けられないでしょうし、中古本だと流通量が限られてしまっているためブーム性のあるものは、お客様の注文に対応できないだろうと思ったため、新品本のみに切り替えました。当時『DEATH NOTE』がブームになって、在庫を集めるのが大変だったんですよ。新品本だと大きな数で比較的安定して手に入れられるので、切り替えて良かったと思います」
-新品本に切り替えて売り上げは伸びましたか?
安藤「切り替え当初は売り上げが半分くらいに落ちたんですが、今は中古・新品両方売っていた時期よりも売り上げが上がっています」
-一番苦労されたのはいつ頃ですか?
安藤「四畳半部屋だった立ち上げ期ですね。楽しかったですが大変でした。あとはその後に引っ越して八王子に拠点をおいていた頃でしょうか。人員不足だったことに加えて、エレベーターもクーラーもないところだったため、毎日100箱くらいの本が建物の1階に届くんですが、それを3階まで運ぶ作業が過酷で、みんなゲッソリやせちゃいました(笑)」
■ユーザーには女性も-イケメンドラマが売り上げに
-ところで、漫画全巻ドットコムではさまざまなジャンルの漫画を取り扱っていますが、どういったときに売り上げが大きく動きますか?
安藤「ドラマ・映画の放映やDVDの発売時などでしょうか。ちょっとしたきっかけで一瞬にして売れるんですよ。あとはテレビですね。例えば、リアル店舗だと顧客は商品を目で見て選ぶと思いますが、ネット書店だとPCを開きながらテレビを見ている人が、芸能人が発した一言で『読んでみたい』と思って購入されるケースが多いためテレビとのシナジーは強いです」
-そういえば、中川翔子さんのブログでも取り上げられていましたね。
安藤「あの件は反響がすごく大きかったです。サイトが落ちてしまいましたから(笑)」
-中川さんのブログ掲載で売り上げは伸びましたか?
安藤「大きく伸びました。2倍くらいに伸びて以降、売り上げが下がらず右肩上がりです。最初、自分も何が起きたかわからなかったんですよ(笑)。突然、売り上げがものすごく伸びて『なんだこれは!?』と調べてみたところ、中川さんがブログに掲載してくれていたと。中川さんがお客さんだったことも知らなかったんです。余談ですが、当時は『まんが全巻』という『まんが』がひらがなのサイト名だったんですが、中川さんがブログに『漫画全巻』と漢字で書いていたため、次の日から中川さんにならってサイト名を『漫画全巻』に変えました(笑)」
-そうなんですか(笑)。あとは、どんなときに動きがあるんですか?
安藤「コミックのパチスロ化だったり、『島耕作が社長になる』などちょっとしたネタでも連動します。本当に他媒体との連動は強いですね」
-なるほど。でも、その動きに合わせて仕入れをするのは大変じゃないですか?
安藤「大変です。映画化など大きなネタはある程度おさえられるんですが、突発的なネタには対応できないので、多少お待ち頂くという状況が発生しています」
-最近だと、「ルーキーズ」が1番の売れ筋ということが御社の売り上げランキングで出ていましたね。
安藤「ここ2~3カ月はドラマの影響で『ルーキーズ』が一番出ていますね。『漫画全巻ドットコム』がオープンしてから一番売れているコミックです。『ルーキーズ』の前は『クローズ』や『花より男子』などの売り上げが良く、系統的にイケメンが出演するドラマが強いですね」
-コミックには少女漫画から青年漫画までさまざまなジャンルがありますが売れ筋はどれですか?
安藤「『漫画全巻ドットコム』サイト内で少女漫画はタイトル数が少ないんですが、その割には女性のお客様が多いです。その方々が『ルーキーズ』『クローズ』など今までは絶対に読んでいなかったであろう作品を買われているので、漫画の裾野が広がっていることを感じます。主婦などの女性ユーザーが男性向けコミックを読むというハードルは越えられたので、次は彼女たちが定番系を手に取るなど今後も裾野が広がっていくんじゃないかと思います」
-「漫画全巻ドットコム」のメーンユーザーはどの層ですか?
安藤「単価が高いため、20歳代後半~30歳代のビジネスマンのほか主婦層が多いです」
-主婦層が多いんですか?
安藤「多いですね。ヘビーユーザーを調べたことがあるんですが上位10人中8人が女性で、しかもその方たちは『もう読み終わったんですか?』というようなハイペースで買っていかれます(笑)」
-全巻単位だと、何冊くらいのものが売れ筋ですか?
安藤「1番売れるのは30冊前後です。『ルーキーズ』も『スラムダンク』も30冊くらいですね。値段的にも量的にも手ごろ(1万円前後)ですし、本屋でもまとめては買いづらかったり、ネットショップでも30回カートに入れる手間があったりするからでしょうね。あとは30冊くらいだと、週末を潰して読むのにちょうどいいボリュームなんでしょうね」
■中小書店の生き残りとウェブ×週刊コミックの連動
-ところで、昨今の書店業界は御社やアマゾンのように好調なネットショップがある一方で街の本屋さんが潰れたりしていますが、これは時代の流れなんでしょうか?
安藤「売り方を工夫するとまだまだ先はあるんじゃないかなと思います」
-特定のジャンルに注力した書店は生き残っていますもんね。
安藤「小さなショップで商品を全包囲してしまうと生き残りが厳しいかもしれませんね。最近は小さな書店が減っている一方で、大手書店の敷地面積が広がっている現象が物語っているように、どんどん大手に寄っているんですよ。ですので、例えば雑誌だったら全商品、バックナンバーまで置いているような大手に対抗しうる個性を打ち出していかないと、僕たち含めて苦しい状況が続くでしょうね。我々も小さいアマゾンのように展開していたら、まったく売れなかったでしょうし」
-「週刊ヤングサンデー」の休刊など、漫画業界からあまり明るい話題を聞きませんね。
安藤「今の若い人たちって、週1回や月1回のサイクルが待てなくなってきているんですよね。ネットでは色んな情報が世界中から秒単位で入ってくるのに対し、週刊誌や月刊誌は週・月に1回しか届かない。それに付き合っていくのが億劫になっている人たちが増えてきているんじゃないかと。すぐには難しいとは思いますが、例えば毎日数ページずつネットやモバイルでUPされるような、読者層のスピードに対応したやり方ができれば状況は変わってくると思います」
-なるほど。
安藤「現在、我々は週刊コミック雑誌と連動したような動きができないかと考えています。例えば、週刊コミックの購買促進キャンペーンを僕たちの方でできないかなと。『漫画全巻ドットコム』のユーザーは漫画好きだけど単行本しか読んでいない層が多いので、彼らに週刊コミックを読んでもらえるような、良い循環を作れたらと思っています。コミック雑誌がなければコミックも無い訳ですから」
-個人的には、世に出ているコミックを全巻買ったとしても、その続きを次の週の週刊コミック雑誌で読めないじゃないですか。あのタイムラグが…。
安藤「将来の夢ですが、全巻と週刊コミックの間にある何話かのラグを電子コミックで埋めるようなことができるといいなと思います。ラグさえ読んでしまえば、全巻から週刊コミックにジョイントできるので。そういう流れを作れたらコミック雑誌、コミック両方にとっていいんじゃないかと思います」
■注目される街-秋葉原
-御社は秋葉原に拠点を置かれていますが、最近の秋葉原についてどのようにお考えですか?最近は痛ましい事件も起きてしまいましたが…。
安藤「こういう言い方は語弊があるかもしれませんが、ものすごく注目されているんでしょうね。以前だったら渋谷や新宿で起きるようなことが秋葉原で起きているわけです。今回の事件で逮捕された犯人は東京の人じゃないですよね。『どこに行こう』と考えたときに秋葉原が思い浮かんでしまったということは、秋葉原が指折りの都市になっている証拠なんだと思います。10年前に今回の事件が起きていたとしたら『何でアキバ?』って感じていたかもしれませんが、今だったらあまり違和感がないですね」
-秋葉原の観光地化もめまぐるしいですよね。
安藤「そうですね。歩行者天国廃止の動きに代表されるように、規制が強くなっていくのは残念ですね。いい意味で『おかしい街-秋葉原』は僕個人としては楽しかったです。他にないじゃないですか。渋谷や新宿は似たような雰囲気ですけど、秋葉原は日本のどこにもないようなクレイジーな面が強く、海外の人も楽しめますし」
-安藤社長にとって秋葉原はどんな立ち位置ですか?
安藤「現在、漫画でビジネスを展開していますのでその足場としては最適な街ですし、ブランド力も持ち合わせた街ですよね。今後、ビジネスを海外にも展開していく予定ですので、『会社が秋葉原にあります』と海外の人に自己紹介したら、『シリコンバレーから来ました』みたいなイメージを持ってくれると思います(笑)」
■漫画を世界に-安藤社長の夢
-最後に、安藤社長の夢や目標をお聞かせください。
安藤「今後は取り扱い商品を漫画全巻だけでなくDVDやアニソンCDなどに派生させていきたいですね。あとは、昔から海外に向けてビジネスを展開したいと思っていましたし、社名の『TORICO(トリコ)』も世界をトリコにするという意味を込めているので、今年中には多言語化して現地から出荷できるようなシステムを整えて、まずは韓国や台湾など近い国から漫画を広めていき、ゆくゆくは世界に広めていきたいというのが大きな夢です」
-ありがとうございました。
【あとがき】
四畳半から世界を目指す安藤社長。シリコンバレーのガレージから創業したアップルやHPのような将来の大企業の社長にインタビューをしているような気がした。アキバに事務所を置き、漫画を中心に世界へ進出。絵に描いたようなクールジャパンのサクセスストーリーである。アキバ経済新聞はこれからも安藤社長とTORICOに注目していきたい。