今年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の舞台である鹿児島市。同市は現在、クリエーターの移住促進に取り組んでいる。これまで、「かごしまお試し移住」「クリエーター限定移住補助金制度」などのプログラムを用意してきたが、明治維新から150年の今年は「南九州移住ドラフト会議 supported by Solaseed Air(以下、移住ドラフト会議)」とコラボレーション。アーツ千代田 3331で移住促進イベント「今年移住するなら薩摩でしょ!」を開催した。アキバ経済新聞では同イベントの様子をレポートする。
鹿児島市がクリエーターを支援する理由
©鹿児島市
イベントの初めに、鹿児島市産業創出課・片平公成さんが同市の概況を説明した。鹿児島市の人口は約60万人。観光産業を中心とした南九州最大の商業都市であるとともに、豊富な農林水産資源の集積地として食料品製造業・食関連の卸売業も発展している。しかし、主力産業の1つである食料品製造業の付加価値率が低いのが課題。そこで商品力を高めるためのパッケージデザインなどクリエーターの力を必要としているという。
同市ではクリエーターの移住を促すため、「かごしまデザインアワード」「かごしまデザインアワード学生部門」「かごしまパブリックデザインコンペ」などを展開。関連セミナーも充実させ、デザインの重要性など商品の付加価値向上の啓発とクリエーターの育成に力を入れている。そのほか、クリエーターと企業のマッチング機会を創出する「かごしまクリエイターズオーディション」も開催。企業にクリエーターを紹介することで商品付加価値の向上を促進、市の産業全体の向上を図っている。その中で、クリエーターの移住にも力を入れ始め、「かごしまクリエイティブライフ」と題してUターン者やIターン者を支援するプログラムを提供している。
クリエーターの移住を支援「かごしまクリエイティブライフ」
鹿児島市のクリエーターの移住支援策は大きく分けて2つ。
1つ目は「補助金制度(クリエイティブ人材誘致事業補助金)」。フリーランスのクリエーターや鹿児島市内に就職するクリエーターの移住交通費用または事業所改修費用などを補助する。移住交通費用は10万円(費用全体の2/3)、事業所改修費用等は15万円(費用全体の2/3)まで補助金を交付。注意点としては、移住をする前に申請が必要。
2つ目は「お試し移住(短期滞在)」。移住施策として全国各地でお試し移住施策を設けているが、鹿児島市では地元企業とのマッチング機会を用意する。「かごしまクリエイターズオーディション」と題したイベントで地元企業の担当者を前に希望者は自身をプレゼンして売り込むことができる。例年、このイベントをきっかけに就職や仕事が決まるなど、「クリエーター・企業ともに満足度の高い人気イベント」(片平さん)とアピールする。クリエーターにとって仕事があるかどうかは移住の決め手になる。それを移住前のお試し短期滞在で地元企業とマッチングでき、仕事の接点を作ることができるのは大きなメリットと言えるだろう。
かごしまクリエイティブライフ公式サイト
かごしまデザインアワード公式サイト
経験者は語る 鹿児島市移住後の仕事とは
続いて、「移住ドラフト会議」とコラボレーションしたスペシャルトークショーが行われた。登壇したのは、コーディネーターの永山由高さん(一般社団法人鹿児島天文館総合研究所)、田鹿倫基さん(日南市マーケティング専門官)、須部貴之さん(有限会社すべ産業営業部長/騎射場のきさき市代表、移住ドラフト会議に球団としてエントリー中)、伊地知裕貴さんと木村亮太さん(鹿児島市に移住したクリエーター)。それぞれが、前職や鹿児島市移住後の仕事・生活などについて語った。
永山由高さん(一般社団法人鹿児島天文館総合研究所)
大手金融機関を退職後、地元鹿児島へ。移住後は、地元と連携した事業を数多く手掛ける。その一つが甑島(こしきしま)での大漁旗を使った事業。漁師が祝い事などでもらう大漁旗。引退した漁師の家には大漁旗が大量に眠っているという。その大漁旗を島民の力を借りて前掛けなどにリメイクし、販売している。
永山さん「島民から『そんなものが売れるのか』『値段をつけても500円くらいで売れればいいのでは』と思われてるところへプロの目として入り、マーケティングから値付けまでを行った。大漁旗リメイク商品を3,500円で売り始めたところ大盛況。入荷すれば即完売の人気商品になった」。
自身のスキルや人脈を最大限に使ってコミュニティーの中に入って仕事をする醍醐味は、地方ならではというところだろうか。合わせて、自身も全国2位になったというエアギターを使っての町おこしや、4年前から始めた「移住ドラフト」の経緯と12人が移住した実績なども紹介していた。
田鹿倫基さん(日南市マーケティング専門官)
南九州地域間連携機構(MLP)が主催する移住ドラフト会議を紹介。プロ野球のドラフトを模し、球団(=地域)が選手(=移住者)を指名するのが特徴。民間団体が主体となって行うなど、他の地方自治体の移住施策と異なった手法をとる。今年は10月に鹿児島で行うドラフト会議に加え、移住力を高めるためのキャンプを東京で開催。この移住ドラフト会議は、いきなり移住するのではなく、球団(=地域)が欲している選手(=移住者)にアプローチすることで、選手(=移住者)が地域とのコミュニケーションをとりながら関係を築き、自分のスキルが地域に対してどう還元できるかなどを中長期で検討調整していくことができる。これまでに移住したのは12人。自分のキャリアやスキルが地方で活用できるか悩む移住者は多い。その解決策として注目される施策の1つと言えるだろう。
須部貴之さん(有限会社すべ産業営業部長/騎射場のきさき市代表、移住ドラフト会議に球団としてエントリー中)
首都圏の大学を卒業後、大手不動産会社に勤務。17年ぶりに地元へ戻って家業の不動産業を継いだ。地元の町づくりに興味を持ち活動中。「騎射場のきさき市」という軒先を使ったマルシェを定期的に開催。同マルシェを軸に、地元通り会と大学と企業などを繋げる活動と人材育成も行っている。
須部さん「街のバリューを上げれば本業へも良い影響があると思って始めたが、今は町づくりが本業のようになってきている。クリエーターと一緒に町おこしをしたい。どんどん移住してきてほしい」。
伊地知裕貴さん(ゼロアワーズデザインスタジオ代表、クリエーター、Uターン者)
大学で富山に行きデザインを勉強した後、岐阜のデザイン事務所に就職。地域の課題をデザインで解決する仕事をする事務所だったため、自身も主にグラフィックデザインの仕事で地域との関係性を高めていった。その後、ものづくりを行うため長崎の雲仙で陶芸を中心とした伝統工芸を学ぶ。約6年前、地元鹿児島に戻り企業や地域のデザインに携わる。
伊地知さん「地元企業との接点を模索している中で、鹿児島市主催の『かごしまデザインアワード』へ応募し、大賞を受賞した。それをきっかけに鹿児島の企業から声をかけてもらえるようになった。地方は物づくりをやっているところが多いので、クリエーターが直に関われるチャンスが多い。人の温もりに触れながら、人の縁を紡いで仕事をしている。そういう縁を作る意味でも『かごしまデザインアワード』や『クリエイターズオーディション』に感謝している」。
木村亮太さん(株式会社イー・スペース代表、移住クリエーター)
株式会社イー・スペースに新卒で就職。同社が鹿児島市と立地協定を結び、鹿児島事務所を開設する際に担当者として赴任。当初は鹿児島と東京を行き来していたが、後に移住。昨年、同社代表取締役となり現在に至る。
木村さん「移住することで釣りを覚えたり、今まで自分になかったものが見えたりして生活が豊かになった。売り上げは、まだまだ東京の仕事が多くを占めるが、鹿児島の仕事も年々増えている。単価だけで言えば、東京の仕事は良い仕事になるが、長いスパンでゆっくりじっくり関係性を作ることが多い鹿児島の仕事は、クリエーターとしても楽しいし、制作会社としても空いている時間の有効活用となり効率があがる。当社は最近、社員を在宅勤務やリモート管理するという人事システムに変更した。会社の人事システムが変動している昨今、このようなクリエーターの移住は今後増えていくのではないか」。
世帯収入は東京より上? 「移住して得する人・損する人」
続いて、再び田鹿さん(日南市マーケティング専門官)が登壇。「移住して得する人損する人」をテーマに、移住を取り巻くマーケティング環境について講演を行った。
普段は宮崎県日南市で人口政策を手掛け、5万人の人口を軸にどういうバランスになると持続可能性の高い街になるのかを研究・実践している田鹿さん。その中で「移住者をどう受け入れていくか?」ということについても奮闘しているという。現在、同市は宮崎県内で2番目に移住者が多い町。しかし、その中でも楽しく地域に溶け込んでいる人、うまく溶け込めず東京に戻る人など様々。そんな人々を目にし、「どういう人が移住に向いているのか・得しているのか」「どういう人が向いていないのか・損しているのか」が見えてきたと話す。
田鹿さん「まず、移住の際に必ず当たる壁。よく言われるのが『移住してキャリアに傷がつかないか?』ということ。これはむしろ逆で、ある程度の力がある人ならば、地方のほうが人材が少ないのでキャリアを生かす機会が多い。次に『金』。確かに1人の年収で比べると東京のほうが多い。ただ、鹿児島などの地方は都会に比べて保育園待機児童数が少ないので、夫婦で共働きをする環境が整っている。すると、東京より鹿児島のほうが世帯収入を増やすことができる。よって、子どもが生まれて保育園に入れなかった場合などは地方に移住したほうが得になる」。
次に、仕事内容の話に。
田鹿さん「仕事は、以下のように分けることができる。」
ア. マイナスを0にする仕事(例=医者。社会問題解決型)
イ. 0を1にする仕事(例=起業家。無から有を生む仕事)
ウ. 1を9にする仕事(あるものをブラッシュアップしてより良いものにする仕事)
エ. 9を10にする仕事(完璧に仕上げる仕事)
オ. 価値を下げないようにする仕事(今あるものを維持する仕事)
地方では圧倒的にアやイの仕事が多い。アのような、地域が困っている課題をクリエーティブで解決する。イのようにクリエーティブの力で新たなものを生み出す。地方にこそクリエーターの力が必要だと言える。地域課題をデザインで解決する。だからこそクリエーターは地方移住すべき。
暮らしの上で『地方は刺激が少ない』と言われるが、人が言う都会の『刺激』とはほとんどが『消費での刺激』。好きなアイドルのライブに行く、新商品を買うなど。企業の誰かがマーケティングした商品を買う・消費することで刺激としている。だが、そういう刺激が好きではない人もいる。例えば、自分で何かを生み出すことが刺激だったりする人たち。そういう人にとっては逆に都会はもう飽和状態で刺激がなかなか無い。だが、地方ではまだまだ開拓の余地がある。とすると、一概に地方が刺激がないということではなく、物を生み出したりする人にとっては地方のほうが刺激があるということになる。より、クリエーターは地方のほうが刺激がある」。
都会の喧騒からの離脱 クリエーター地方移住の先にある希望
都会の喧騒に疲れ、田舎でのんびり暮らす地方移住が話題に上がる昨今、鹿児島市のようにクリエーターに特化した移住施策を設ける地方都市は、それほど多くない。その昔、鹿児島に本拠地を置いていた薩摩藩は江戸から遠かったからこそ独自の貿易などいろいろなことが出来たという話もある。現在の鹿児島市も、トレンドやしがらみにとらわれることなく、独自の施策としてクリエーターの移住を推進しているのだろう。この施策が実を結び、「クリエーターの移住先=鹿児島市」と言われる日も、遠くはないのかもしれない。