■「楽しい」を仕事に-それがBHCの姿勢
-よろしくお願いします。本日は見学させていただきありがとうございました。バンダイホビーセンター(以下BHC)さんの建物の作りは細部にまでこだわりがありますが、なぜそこまでこだわっているのでしょうか?
狩野「そうですね。バンダイに『夢・クリエイション』と言うスローガンがありますが、やはり子どもたちの夢を壊しちゃだめだと思うんですよ。ガンプラを作っている工場が普通の町工場だったら、がっかりするじゃないですか(笑)。ですから細部までこだわりを持った施設になってるんです。あと、自分たちが仕事をしていて、仕事が忙しくなると、どうしても、こなす様に仕事をしてしまいがちになりますが、そしてそういう意識を持っていれば、エンターテイメント性を失わずに仕事に取り組めるのではないかということも施設に趣向を凝らした理由の1つです。
例えば、以前はマンパワーでやっていた搬送作業がザク風のロボットが変わって行っています。『作業』を面白く夢のあるものに転化して、スタッフは『じゃあ、手が空いた自分は何をしよう?』といった風に自発的に仕事が切り替わる環境になっています。作業じゃなくて、『面白い仕事』や『面白くするにはどういう風に仕事をしたらいいんだろう?』『どうやったら、効率良くできるのか』っていう思考を常に持つようになるわけです。それに、これだけの設備があるわけですから、効率を上げていけば、さらにお客さんが楽しめて、より価格を抑えて販売できたり、楽しさをもっと世の中に広げることにつながるわけじゃないですか。『作業』として黙々とやるのもいいんですが、『楽しいよ』ってことを体現していかないと仕事として楽しくならないので、テーマパークの様な工場であったり、こうした制服になっています。正直なところ、この制服なんか夏とかは暑いんですけど(笑)、それでもこれを着てるとパフォーマーになってパフォーマンスせざるを得なくなりますしね(笑)」
■バンダイホビー事業部の挑戦-MG100体目が「∀ガンダム」なわけ
-なるほど、徹底ぶりがうかがえますね。ガンプラの聖地たるゆえんですね(笑)。さて、先日のホビーショーでガンプラのマスターグレード(以下、MG)シリーズの100体目が発表されましたが、「∀ガンダム」になった理由をお聞かせ願えますか。
狩野「MG100体目だから記念になるもので、それでいてMGの変遷を総括するのに市場的なインパクトも持ち合わせているものをという話でいくつかピックアップしたんですが、その中でも『∀ガンダム』のインパクトが強かったからです。あと、MGは着々と進化を遂げていますが、その進化も個人的には『いいところまできちゃったな~』という思いがありまして…。ザクで2巡目の方向性がきっちり見えてきて、『それを順当にやるだけなの?』っていうことへのアンチテーゼのトライアルをしたかったんですよ。そこで、この『∀ガンダム』。これってデザイナーが日本人じゃないんで、これに対してどうトライアルするかという点で実は非常に難しいっていう空気があったんですね。
具体的に言うと、MGって内部メカがフィーチャーされてて、これまではそこを追求する形で商品化していたのですが、『∀ガンダム』はオリジナルでもアニメでも内部メカの設定がないんですよ。それを、オリジナルデザイナーのシド・ミードに断りもなく作ることもできないし、氏に内部メカを描いてもらうというアプローチには無理が有ると思いました。あとは、関係者の方たちの中でも『内部メカをメカとして作ってはダメ』っていうのもあったりで…。『∀ガンダム』には内部メカというMGの必要要件を使えないようにして、縛りをかけられるっていうのがあったので、あえてそれに挑戦するため、選んだっていうのもあります」
-なるほど「あえて」といった感じなんですね?
狩野「正直、『最新の技術やセンスを投入すれば良いものは出来るだろうな』という自信はありました(笑)。TVアニメの放送時期に当然商品化はしてますし、当時としては相当に良く出来たものだとは思うんですが、今改めて見ると、ちょっと違うなあという物です。今ならあのデザインも消化出来るんじゃないか、そして、その違いで我々の進化を見ていただけるのではないかと思ったのも採用理由の一つです。あとは、そもそも『∀』っていう言葉の意味が数学の総括記号で『全て含む・包括する』っていう意味があったので、それが意味合いとして100体目にちょうどいいいんじゃないのっていうのもありますね」
-静岡ホビーショーでも反響が大きかったですね。
狩野「そうですね。『遠くから∀の音が聞こえて、まさかと思って近寄ってみたら∀だったとか』(笑)」
-ネットやブログでもMG100体目が「∀ガンダム」になったと明らかになった際、「よくぞ!」という意見が多かったですね(笑)
狩野「ありがとうございます。エンターテインメントを好む人って、バイクだったらコケちゃうとか、車だったらクラッシュしちゃうとか、人が失敗するところを見たがる傾向が強いかと思うんですけど(笑)。どうもバンダイっていうのは、そういうところを責めずに安全パイを使っているようなイメージがあるようなんですが、そうじゃなくて、『バンダイだってちゃんと手順を踏めば、どんなことでもやり切れるぞ』っていう実力はつけてきたつもりなので、そういった意味であえてチャレンジャブルなところに行ったっていうのはあることはありますよ。それはもう、『(∀が)危険だな』っていうのは過去の実績でわかってるし、放送当時はキャラクターとして過去にないくらい惨たんたる有様だったんですが、∀も発表から10年経ち、それなりに皆さんがこなれてきましたし、今ならできるかなと…。もちろん、すごい苦労しましたけどね(苦笑)」
-ははは(笑)。そうなんですか
狩野「ほんとですよ(笑)。他人事のように『∀がいいじゃん』なんて言ったものの、いざ『お前(狩野)、担当やれ』ってなったときに『え~、大変だな。どうしようかな…』みたいな(苦笑)。ホントに考えちゃいました(笑)」
■「え~」の意味も何となくわかってしまうユーザーとの共通認識
-いや~、でも「よくぞ」って感じですね(笑)。ガンプラ開発者である皆さんは、そんなネットやブログでの発言とかもチェックされたりするんですか?
狩野「私個人は、よく見ますよ。例えば、ネットやブログで発言をしてくれる人たちって、秋葉原に買い物に行ったり、2ちゃんねるをたまに見たり、『ホビージャパン』とかの模型誌を読んだりしますよね。彼らに対して、『こちら側がこういう情報を発信すると、彼らの大勢がこう思うだろうな』っていう、予想をたてたりするんです。その予想がうまく当たることは意外と多いんですよ」
-そこは、逆に言うと、作ってらっしゃる皆さんも彼らと同じ目線をもってるということですか?
狩野「僕は、そう思ってます。間違いなくその手の話は嫌いじゃないので(笑)。自分たちが思っていることとそんなに大きな食い違いは無いって言うか、一緒に楽しんでくれているって言うのが正しいかな。『え~。何で∀なの~!?』って言っている人の『え~』の意味もなんとなくわかっちゃうくらい(笑)。ただ、嫌いじゃないって言っても、もう何十年もやってますから、こんな発言をすると生意気かもしれませんが、そういった事を仕事としてやれちゃうみたいなのはありますけど(笑)」
-いわゆるマニアの方たちって、ちょっとひねくれてるんですけど「こうやったら怒るけど、こうやったら喜ぶ」っていうのが、実はすごく分かりやすい純粋な人たちってことですかね(笑)
狩野「そうそうそう。すっごく純粋で実は分かりやすいと思いますよ。ただ、マスに広げていくのがすごく難しいっていうのはありますね。基本的には自分だけが知ってて他人が知らない最先端で、かつ世の中に発表されてないものを見つけて、『それがすごいんです』って力説はしたいんだけど、大勢に理解されたら嫌だな…みたいな心理があるじゃないですか(笑)。だから、MGもこの価格とある程度の人数でバランスが保たれてるところがあるのかなと。例えば、これが100倍売れちゃった時、きっと今買ってくれてる人は買わなくなってしまうでしょうね。彼らは自分の審美眼みたいなものをもっていて、そこに自信を持ってるんじゃないかなぁ。だからこそMGの本質を見てくれているのかもしれませんね」
-でも、そういう作り手とユーザーの共通認識みたいなものが一番大事だったりしますよね?
狩野「かみ合ってる時はそれでいいかなと思いますね。ですから、そのへんは正直言うとマーケティングとか偉そうなもんでもないんですよ(笑)。本当に一番難しいのは、秋葉原に来るような人たちに嫌われずに、いかにして新しいことをやるかっていうことなんです。例えば、今度『機動戦士ガンダム 00(ダブルオー)』なんて見たこともないものが始まるわけじゃないですか。それなんか、彼らからしたら『ガンダム』っていう認識はできるけど、自分が知ってるものと限りなく違うみたいな気持ち悪さがあるわけですよ。それに対して、『え~』って言うのは当然なわけで。自分の生活スタイルに全然関係なければいいのに、大くくりの『ガンダム』って入れ物は一緒だったりすると『なんか、むかつく』って気持ちはすごくよくわかる(笑)。そういう人たちに嫌われずに、しかも新規の層を獲得していくということが非常に難しく、毎回毎回悩むところですね」
-なるほど。MGの∀が店頭に並ぶのはいつごろですか?
狩野「8月9日からなので、もう発売してますね。どういう風に反応してくれるか、すごく楽しみですね」
-実際、皆さんが作られてみてどう思うかですね。
狩野「そこは自信ありますよ。作らないと『髭のロボ』でしかなく、『∀=え~』っていうところから一歩も進まないんで。物を見て、いじってもらえば物が圧倒的に良いことがわかってもらえると思います。正直、他社に負けるところなんてみじんもないって言ってもいいかもしれない。今回工場を見ていただいてわかるかとは思いますが、これだけの規模で設備を備えて、好循環の中に色々な物を叩き込んでものづくりをしている訳で、この業界でいうと、他社とは比べるべくもないし、負けようが無いって言う自信はありますね」
-それが聖地たる所以なんでしょうね。
狩野「そうだと思いますよ。正直言って、好循環があって、その上たまたまガンダムもあったっていうような…僕らが運がいいだけの話なんですけどね。でも、先ほどお話したようなバックボーンをもって戦っているっていうのが現実ですね」
-(ボトムズのサンプルを見つつ)実は、僕個人としてはボトムズも好きなんです(笑)
狩野「おいくつですか?」
-37歳です。
狩野「ああ。じゃあ、ばっちりな世代ですね(笑)。ガンダムのファースト原理主義者が次に好きなのがボトムズっていう(笑)」
-狩野さん世代が実権を握って、僕らのようなちょっと下の世代がトップラインの消費者層で、20歳後半くらいがお金を使える世代みたいな。
狩野「そうそう。25歳くらいから、お金を使えるようになるじゃないですか。働いてお金が入ってきて、家を買うほどのお金はないけども、今日明日ご飯を食べつつちょっと高価なもの買っても困らない…みたいなね」
■SEEDの成功と、00放送へ向けた新たなる画策
-ファーストの後、「機動戦士ガンダム SEED」(以下、SEED)にもそういった主義者的傾向があったかと思うんですが、SEEDはうまくいきましたよね?それは何故ですか?
狩野「SEEDは子ども層を獲得できたんですよ」
-やっぱり、ファースト世代の子どもたちってことですか?
狩野「それもあるんですけど、それ以上に作品そのものが一見、我々では理解できないような若年層を引き付ける力を持ってたんだと思います。今、流行ってるものでいうとライトノベルに近い感じかな。ライトノベルって、僕らの世代なんかが読もうと思うと努力が必要な内容になっちゃってますけど、ティーンは読むじゃないですか。SEEDもそれに近い感じで、自分の日常生活をちょっといい感じに美化させたような人たちが登場して、悩んだり、普通じゃ起こらないセンセーショナルな出来事が毎週起きるドラマになってるわけですよ。かっこいいロボもいるし、かっこいいお兄ちゃんも出てきたりして。ある意味すごく心地のいい感じにまとまってるんじゃないですかね。まさに、漫画で必要な要素がきっちりうまくまとまってるのがガンダムSEEDだったんじゃないかなと思いますね」
-それが今度は00(ダブルオー)で出来るかどうかっていうことですか?
狩野「まあ、SEEDと全く同じことをやろうとは思ってないですけど、ティーンの人たちが心地よくなれる路線も狙っていくし、何かに対する投げかけみたいなこともやっていくし、とにかく見てる人の心を揺さぶれるようなものを作れれば、特に若い人の心を揺さぶれれば、それはそれで成功になるんじゃないかなと思いますね。難しいですよね(苦笑)。∀ガンダムなんて、当時どういうつもりで作ったかって、今になればわかりますけど、若い人にうけるようになんて作ってないですしね。作り手としては一生懸命見てくれてた人に向けてちゃんと作ってるはずなのに、それに反応できなかったアニメファンもいたわけですし」
-再評価されてますもんね。
狩野「再評価されるはずなんですよ。私なんかがアニメの事についてコメントするのはおこがましいですが、今見たら絵のクオリティとか不満はあるのかもしれませんが、見ていて面白いじゃないですか」
-00(ダブルオー)のFGシリーズの発売はいつごろですか?
狩野「9月初頭くらいですかね。すごい勢いで出していきますよ~。結構、テレビ局の方もガンダムに期待してくれてるんで、前の時の取り組みよりも、もう1歩進んだことをやらないとだめだなと。番組の発表タイミングなんかは結構難しいんですよ。今回すでに土曜日の6時で放送するって言ってしまってますけど、あれも実は冒険なんです。何故かというと、それって今やってる番組の枠がなくなるって言ってるのと事実上一緒だから、スポンサーの了解とかを得られる自信がないとできないことなんですね。そんなこんなで、ガンダムSEEDのときよりも前から踏み込んでいこうっていう話でやってるので、ガンダム00の方がマーチャン的には、もう一回り大きくなれる可能性があるかなと思ってます」
-結構、敵キャラとかもいっぱい登場するんですか?
狩野「そうですね。基本的にはそういう風になると思います。ファーストは好きだけど、SEEDは嫌いって人も、そこそこ満足できるんじゃないかと思いますね」
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