■ 神田明神と神田祭-その歴史
神田祭は、天平2年(730年)の神田明神創建から数えて約1280年続く祭りで、慶長8年(西暦1603年)、徳川幕府が江戸に開かれて以降盛んに行われるようになった。江戸幕府庇護の下、江戸城内に神輿や山車などの祭礼行列が練り込んだことから、江戸の庶民が「天下祭」と呼ぶようになったという。
明治時代に入り、多数の山車が出されるなど盛大な祭礼が行われた時もあったが、不景気と電線架線などの影響から、明治22年を境に山車が出されなくなっていった。また、明治25年の神田祭から、台風・疫病流行の時期を避けるため、祭月を9月→5月に変更。以降、今日まで5月に行われている。
大正時代に入ると山車が出されることはほとんどなくなり、神社の神輿が渡御する「神輿渡御祭」へと変化。大正8年、2基の神輿を鳳輦(ほうれん)1基に改めた(この鳳輦は大正12年の関東大震災により焼失)。震災後、何度か渡御祭は延期されたが、昭和5年に復活。渡御祭の行列では一の宮仮鳳輦(御羽車)と二の宮神輿が渡御した。
戦後昭和27年、祭りの名称を渡御祭から神幸祭に変更し、初の神幸祭が斎行。この時出されたのは、一の宮の鳳輦のみで牛が曳く形式だった。また、この祭りで氏子町会から町神輿の連合宮入が初めて斎行された。昭和40年代になると交通事情のため、5月中旬に行っていた神幸祭を祝日の5月2・3日に改定。その後、昭和50年、三越から奉納された二の宮の神輿が行列に追加。昭和59年には平将門の三の宮鳳輦が新調され、昭和62年から行列に加わった。
平成に入り、諌鼓鶏の山車の復活、将門武者行列などを始めとするさまざまな神賑行事を行い今日に至る。昨今では、大祭ごとに特設サイトが解説され、祭りの歴史やスケジュールなどを確認することができるほか、NTTコミュニケーションズ、NTT東日本-東京中央、エヌ・ティ・ティ・ドコモ協力の下、「神田祭.ch」も運営されており、ここでは祭りのレポート記事や動画配信、フォトコンテストなども行われている。
■ 2009年スケジュール-「ケロロ軍曹」の参列も
各種行事がにぎやかに執り行われる大祭の年、2009年のスケジュールは以下の通り。
5月7日19時=鳳輦・神輿遷座祭
白装束を身に着けた神職により、本殿から三柱の御祭神の御神霊(みたま)を鳳輦・神輿に遷す。この厳かな神事によって、神田祭が始まる。
5月8日夕=氏子町会神輿神霊入れ
氏子各町会の神酒所には、揃いの半纏・浴衣に身を拵えた氏子が参列。神職の奉仕による神事の下、御神霊が108氏子、約200基の神輿に遷る。
5月9日=神幸祭
午前5時過ぎ、「御鍵渡しの儀(みかぎわたしのぎ)」が鳳輦・神輿奉安庫前で行われ、3基の鳳輦・神輿が社殿前に登場し、飾り付けが行われる。午前8時、神幸祭行列参加者が参列する中、神事が執り行われた後、行列がスタート。神田・日本橋・大手・丸の内・秋葉原の約30キロの道のりを1日かけて巡行し、夕刻、神田明神に帰還。途中、神輿や山車、巨大な赤ちゃんの曳物、附け祭も行列に加わり、行列に華を添える。今年は、巨大バルーンで作られた「ケロロ軍曹」率いる「ケロロ小隊」も祭りに参列。子どもらに曳かれて街を巡行するという。
5月10日=神輿宮入
神田明神宮入参拝を目指し、100基近い数の神輿が各連合・町会の出発地に集合。式典後に宮入巡行神輿渡御となり、徐々に熱気と興奮が高まる。境内には朝から晩まで、氏子自慢の神輿が宮入参拝し、境内が人で埋め尽くされる。一方、秋葉原中央通りでは、宮入参拝を済ませた神輿が、神輿降り(神輿を振り動かすこと)を展開する。
5月14日=献茶式、明神能
昭和37年(1962)から始まった表千家家元の奉仕による古式ゆかしい献茶式。濃茶と薄茶がたてられ御神前に奉納される。お家元自ら奉仕の見事なふくささばきがご神前で披露される。一方の明神能は、かつての神田祭が神事能メーンとして行われていたことを踏まえて、平成15年から復活。今年で7回目を迎える。今年は能「清経」、狂言「千鳥」が演じられる。(有料=B席3,000円~)。
5月15日=例大祭
1年で最も重要な儀式で、毎年五月十五日に斎行される儀式。氏子各町代表参列のもと日本の平和と安全そして氏子の幸せを祈念する。
■ 神田祭にちなんだグッズも-手ぬぐいほか多種ラインアップ
神田祭にちなんだ根付けや手ぬぐい、Tシャツなど関連グッズも販売される。
■ 神田祭から元気を-今年は萌え神輿も登場
「神田祭」に先駆けて、4月26日には、「アキバMIKOSHI」が披露された。同神輿は、秋葉原案内所を展開する「秋葉でガイド」が主体となり、「アキバを担ごう会」を発足。「秋葉原にある、すべての楽しさを満載した神輿を制作して担ごう」と、神輿にモニターを搭載するほか、外見をフィギュアや、ゲームソフト、鉄道模型、CD-ROM、二足歩行ロボット、電子パーツ、真空管、ソーラーパネルなどで飾り立てるのが特徴。「景気低迷による消費の落ち込みや、インターネットショッピング利用者の増加による実店舗への客足の減少、アキバブームの下降など、今後ますます秋葉原への客離れが懸念されている昨今。日本三大祭りの一つである神田祭に元気をもらおうと神輿を制作した」と話す。※神田祭での登場はなし。
【おわりに】
神田祭に関することをレポートしてきましたが、祭りは肌で楽しむもの!伝統息づく神田祭で、新旧入り混じる街・秋葉原の「旧」の部分と「江戸の粋」感じ、今一度、日本人の心の原点に立ち返ってみては!?(編集部・K)